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開発モデルの作成 過去11年の最大の成果は地域開発のためのモデル、あるいは方法論を確立することができた点である。「すべての子どもに教育を」という理想を現実のマンニャン社会で実現するにはどうしたらよいか。その最も効果的な方法は何か。過去11年はこのモデルと方法論を作成するための試行錯誤の連続であったといえる。 そのモデルの中核となるのが、「奨学金事業」と連動して行ってきた環境にやさしい「総合農業構想」と「エコ農業学校コンプレックス事業」であり、この三つの柱を絡めながら総合的な農村開発を行うことが結果としてマンニャン族の就学率を向上させ、彼らの社会をフィリピン社会に開かれたものとし、地域社会全体を活性化する最短距離となるのである。勿論モデルはいまだ完璧ではない。今後も対話と経験をフィードバックし、より成熟したものにしていかなければならない。 地域社会へ根付いた事業 当協会のマンニャン奨学生の数はサンタクルス郡に住むマンニャン族全体の推定就学予定者数と比べれば1%にも満たない。しかし、現地サンタクルス郡でハイスクール(中等教育、フィリピンでは準義務教育)に就学しているマンニャン族の子どもたちは協会奨学生の他にはいず、ましてや大学教育となると西ミンドロ州全体でも例外中の例外といえる。12年に及ぶ奨学金事業は落伍の歴史でもあったが、これまで30名以上のハイスクール卒業生、2名の大学卒業生を出すことができた。卒業生の中には政府の進める少数民族の法的支援事業の地域代表者として活躍したり、選挙時には選挙管理委員会からマンニャン族の投票支援の任務を任されたりなどさまざまな活躍をしている。また、マンニャン村公立学校での給食事業は閉校の危機にあった学校を救い、事業の完了した後も安定した学校運営を行っており、協会事業の恩恵を受けた者の数は奨学金事業だけに絞っても大変な数になる。こうした地道な努力は地元でも高く評価され、郡当局からもその長期にわたる努力に大きな感謝が寄せられている。 また、パイロット地域で進めてきた農村開発事業は地元のマンニャン族に大きく知られるようになり、毎年援助依頼件数は確実に増えている。事業が地域社会に十分根付いたからである。
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コミュニティーづくりと法人化 たびたび触れてきたように、事業の発展、現地自立のかぎは、「相互理解」「事業理念と方法論のコンセンサスづくり」である。事業の最大の困難は、狩猟採取を生業とする半遊牧民で国民意識さえない受益者のマンニャン族、「良い生活=経済発展、機械化」を教えられてきた現地フィリピン人、発展のきわみに達し社会の老齢化、硬直化の進む日本の間での気の遠くなるような富、知識、経験、意識の差にある。そもそも少数民族の「人権侵害」「社会疎外」「貧困」(さまざまなレベルでの自由の剥奪)といった問題はこの「違い」が支配の論理、持てるものの論理に悪用され、固定化した結果であるだけに、違いを乗り越え、相互理解を築き上げることは協会事業のゴールともいえる。 そのための具体的活動として、さまざまなレベルでのコミュニティー作りを推進する。コミュニティーとは「相互理解」に基づいた、あるいは「相互理解」を深めるための場であり「自己実現」を可能にしてくれる場である。またそこでは人間のさまざまな権利、自由が重んじられ(生存の自由、経済活動の自由、教育を受ける権利など)、民主主義社会そのものでもある。 各マンニャン村のコミュニティー、協会奨学生のコミュニティー、マンニャン女性のコミュニティーとさまざまなレベルのコミュニティーを形成しその手段として、彼らが日常経験するさまざまな不自由(飢え、病気、字が書けないなど)を題材に勉強会、セミナーを開催する。また、協会そのものがコミュニティーになるプロセスは現地法人化のプロセスそのものである。育ちつつある現地・日本側両国のボランティア・スタッフを含め協会事業にかかわる現地のスタッフ全員が協会理念や方法論を理解することなしには現地事務所の自立は不可能だからである。 マンニャン人間開発センター構想
21世紀協会のユニークさは、そのソフトの充実にあるといえる。資金不足という現実問題が背景にあるものの、資金のほとんどは教育そのものや人件費にあてられてきた。ほとんどのNGOが「はこもの」でスタートするのと比べると例外中の例外である。現地のだれもが驚くほどの数の奨学生が、せまい借家にスタッフともどもひしめき合いながら共同生活をしており、"文明の力"といってもパソコンぐらいで慢性的停電に備えた発電機すらない状態である。フィリピン人は食費に甘い、という声をよく耳にするが、スタッフと奨学生が何を食べているかを見れば、現地の人でも驚くほどの質素さだ。 "資金の有効利用"、という面ではかなりの自負があるものの、こうした「はこ」の不在は今後の飛躍的発展にはむしろマイナスである。充実したソフトを活かしきれる「はこ」を作ることは、地域の「非識字の撲滅(21世紀中葉まで)」といった大きな目標達成には不可欠である。センターはいわば、過去の実績や経験、また奨学金事業やエコ農業学校で育った人材といったソフトを入れるハードであり、また、あらたなソフトを開発する機関である。 日本人インターンシップ 人材の育成は、現地の受益者の側、南側ばかりでは不十分である。ますます分極化する南北問題や深刻化する自然環境問題に対応するには、「良いガバナンス」や「教育」を世界的にプロモートする能力をもった人材を北側諸国内でも養成していかなければならない。協会ではこれまでの学際的にすぎる、また官僚的な開発のあり方を変える「地元に根ざしながらかつ普遍性を持つ開発」「住民参加型開発」のプロを育てるプログラムを充実させ、積極的に日本からの若者ボランティアを受け入れていく方針である。 こうした努力は、協会事業の持続性そのものを強め、「すべての子どもに教育を」という協会理念、理想を将来世界に普及させる原動力になるものである。 |