ミンドロ体験記 -yuta-
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| 見えたもの、見えなかったもの 〜初めてのフィリピン・ミンドロ島にて〜 (2004.10.24〜11.7) |
| 森川悠太 |
![]() カラバオに乗る森川悠太 去る10月25日から11月7日まで(うちミンドロ滞在10日間)池田理事長、もう一人のインターン候補生である森崎さんと共にフィリピンミンドロ島にある現地事務所を訪問してきました。 日を追うごとに寒さが身にしみる昨今において、皮がむけるたびにミンドロでの生活、子供達と過ごした日々を思い出しています。 就職、大学院、留学と様々な選択肢のある中で恐らく最も安定から程遠い21世紀協会においてインターン生として働くことを選択した理由の一つとして、今現在知識や経験も何もない自分であるからこそ先入観なく現場において見えるものがあるのではないか、吸収できるものがあるのではないかという考えを持っていました。 けれど、帰国後は幾分の知識やこだわり、個性といってもいいと思いますが、それらがなければ物事が自分の中を素通りしていくような気がしてなりません。 平らな面に何かを転がしても何もひっかからない事と同じように。 このことも一つの発見ですが、その他にも素通りせずに心にとまったこと、考えたことを三つにまとめてみました。 マンニャンの尻尾 物事を先入観持つことなく見ていくことはとても大切なことであると同時に、大変難しいことである。自分の目で見たもの、耳で聞いたものだけを信じることは理想だがどうしても先に余計な考えを持ってしまうものである。 今でもタガログ人のなかにはマンニャンは尻尾が生えていると信じている人たちがいると聞く。(マンニャンの人たちの中には山奥に住んでいるマンニャンは尻尾が生えていると信じている人たちもいるらしいですが) これこそまさに先入観であり、間違った情報である。 しかし一方マンニャンの人たちもタガログ人に対し先入観を持って見ているのである。 歴史的にタガログ人により土地を奪われ、良いように利用されてきたことは事実である。 今でもそれは一部とはいえ続いている。 このことからマンニャンの人たちはタガログ人は恐ろしいものであるという先入観を持ち、タガログ人に近づかず真実を見ようとしない。 一方で、街で暮らし日常的にタガログ人と接する機会のある奨学生達はタガログ人に対する抵抗はほぼないと彼らの口からは聞かれた。ではなぜ両親や祖父母がタガログを恐れるのかという問いに対しては「タガログ人を知らないからだ」という答えが返ってきた。 裏を返せば知れば怖くないといえる。 知らないことを知ろうとする姿勢、恐れることなく真実を見る勇気を彼ら奨学生から学ぶ人たちは私を含め多いであろう。 選択の自由 僻地ミンドロにおいてもグローバル化の波を受けているということが、支援のそもそもの始まりである。仮に支援が実り、マンニャン族すべてのエンパワーメントが達成された時に、彼らはグローバル化の波に対抗できる力を身につけたといえるのだろうか。 答えはノーである。恐らく利便性の誘惑に負け、それまでの文化を捨てグローバル化の波に乗ることを選ぶであろう。 文化が滅びるのはその程度の文化であり、信念であったと言い切ることは簡単である。 しかし、滅びざるえないほどグローバル化の力は強力であり魅力的である。 ミンドロ滞在中、池田さんは今の人類は科学を使えるだけの道徳はないと仰っていた。 同じ事をマンニャンの人たちにあてはめて考えてみる。対抗する力を身につけたときに、先のことを考え取捨選択するだけの道徳はないのである。 語学力や計算力を身につけ、グローバル化に対抗する力を身につけることは大切である。 けれど、いま一歩踏み込んで考えてみると、グローバル化とはどういうものなのか、自分達の文化や信念とはどういうものなのかを見極める力を身に付けること。そして、道徳観を高めること同時に求められている。 ギャップ 滞在中池田さん、川嶌さん両名からはこれまでの活動など多くの話をして頂きました。その中で共感できるもの、納得できるものとありましたが、中には違和感を覚える話もいくつかありました。特にマンニャンの人たちに対する信頼については正直厳しすぎるという感想を持たざる得ないほどでした。 10年以上携わってきたお二人と、10日間見ただけの私が持つ感想が違うことは当然です。 しかし、本来何事もポジティブに捉える性格ゆえかもしれませんが、マンニャンの人たちはもっと信頼に足る人たちではなかろうかというのが滞在中の感想でした。 けれど、帰国後突き詰めて考えてみたところ、日常の人間関係においては最後まで信頼するというのは良いことかもしれませんが、それが仕事、ひいては一族の運命も左右する可能性のある事業を行っていく上では両名のような視点、そして厳しさが求められます。 体験しなければわからないことは多くあります。しかし、同じ体験をしても捉え方次第で持つ感想は異なってきます。 異なった感想の善し悪しはすぐにはわかりません。 けれど、赴任後は少しでもマンニャンの人たちのためになる厳しさを持ち合わせていかなければならないと考えさせられました。 冒頭に触れたように、無知無学なうえに、これまで平凡な人生を歩んできた私にとってはミンドロでの生活は単に厳しいというものだけではありません。 自分自身を新たに見つめなおし、常識を破壊し、脱皮を繰り返し、裸になることからがスタートだと思っています。 末文になりましたが、同行して頂いた池田理事長、森崎さん。そして現地での細かな心遣いをして頂いた川嶌現地理事、滝村さんには大変感謝しています。ありがとうございました。 2004年11月21日 |
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